これがラスト!歴代最多優勝を誇る野口啓代と振り返るボルダリングジャパンカップ

ボルダリング日本一を決める、ボルダリングジャパンカップ(BJC)。2005年から始まったこの大会に、ただ一人連続出場しているのがTEAM auの野口啓代だ。過去14大会中、野口が表彰台の頂点に上がった回数は11度。この実績は彼女の強さを語るうえで代名詞にもなっている。そして今夏、野口はその競技人生に幕を下ろす。第1回大会に16歳で出場したBJCも、これがラスト。日本のクライミング界をけん引してきた"女王"に、これまでの、そして最後となるボルダリング頂上決戦に向けて、思いを聞いた。

今大会が現役最後のBJCとなりますが、野口選手にとって、どのような大会なのか教えてください。

「BJCは国内大会の中でもとくに思い入れのある大会ですね。ただ、じつはBJCというのをそれほど意識していたわけではなかったんです。それが第10回大会で『10連覇がかかっている』と言われてから意識するようになりました。私が16歳の頃にBJCが始まって、そこからずっと勝ち続けているというのはすごいことですよね。そう思うようになってからBJCがすごく思い入れのある大会になりました」

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(写真:永峰拓也)
その第1回から皆勤賞というのはもちろん野口選手だけです。第1回大会のことは覚えていますか?

「第1回大会は男子の部に平山ユージさんが出場されていて、3位に入賞されたことをよく覚えていますね。私はというと、当時はまだ優勝する実力はなかったかもしれません。それでも昔から本番に強かったので、その勝負強さで優勝することができたと思います」

どのような雰囲気での大会でしたか?

「会場はある企業の施設内の仮設壁だったんですが、『思ったよりも立派な大会だな』と思ったのを覚えています。当時はクライマーの間で定着していた大会というわけでもなく、強い選手たちが出るから私も出てみようという感じでした。女子の出場数は本当に少なかったと思います。それがまさかこれだけ歴史を重ねて、ここまで大きな大会になるなんて当時は想像もしていなかったですね」

そんな第1回大会で優勝されてから連覇が続きました。

「第2回以降はW杯など世界大会で活躍し始めた時代で、実力も伸びていて自信もついてきていたので連覇を続けられたと思います」

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2013年に開かれた第8回ボルダリングジャパンカップでの野口(写真:アフロスポーツ)
その連覇が止まったが第10回大会でした。

「じつは大会の2週間ほど前にノロウィルスで体調を崩してしまったんです。十分にトレーニングができず、体重もすごく落ちてしまってとても万全とは言えない状態で大会に臨むことになりました」

成績は9位で準決勝敗退でしたね。

「10連覇を逃したことはもちろん悔しかったですね。周りの方たちも10連覇というのをすごく期待してくださっていたので。ただ、それ以上に決勝に進むことができなかったことが悔しい思い出として残っています。私がBJCで決勝に進めなかったのはこの大会だけで、あとの優勝できていない大会は2位で決して悪いパフォーマスではなかったと思います。BJCは11回優勝していますが、じつは優勝した大会よりも第10回大会で決勝に進めなかったことが一番印象に残っています」

第1回からずっと出場されてきて、BJCのレベルが高くなってきたと感じるようになったのはいつ頃からですか?

「やっぱりその第10回大会くらいからだと思います。その前年くらいから野中生萌選手がW杯で決勝に残って活躍するようになってきていました。第10回大会のあった2015年は私が2年連続でW杯年間優勝をしたんですけど、そのときの年間3位は野中選手です。W杯の表彰台に一緒に乗れる日本人選手はいなかったので、そうした選手が出てきたというのは時代背景として大きな変化だったと思いますね」

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2年連続での年間女王に輝いた2015年ボルダリングW杯、ミュンヘン大会(写真:アフロ)
競い合える日本人選手が現れBJCのレベルが格段に上がってきたというのは、野口選手としては嬉しいものですか?

「もちろん嬉しいですね。それによって私自身のレベルも上げてもらっていると思います。でも正直、最初の頃は『W杯前に国内で身を削られるような試合はキツいな』と思っていました。ただ、他の国の環境を見ると国内にセッション相手だったり、刺激をもらえる同性の選手や大会がなかったりするんです。そういった現状を考えると日本の今の環境はすごく恵まれています。日本も昔は似たような環境で私も大学を辞めたあとくらいからは海外へトレーニングに行ったりしていました。今では海外の選手が日本にトレーニングに来るという逆の現象になっていますよね。本当に時代が変わったなと思います」

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2016年の第11回大会で前年の雪辱を果たし10度目の優勝。(写真:窪田美和子/アフロ)
2017年の第12回大会では同じTEAM auに所属する伊藤ふたば選手が史上最年少となる14歳9ヶ月で優勝したことは、BJCの歴史としても一つ新しい時代を迎えた印象でした。野口選手にとってはどういった大会でしたか?

「調子は悪くない大会でしたね。それ以上に伊藤選手に勢いがあったと思います。あのとき、彼女はまだW杯参戦前でしたけど、ぐっと成長しているタイミングで課題との相性も良かったと思います。次の第13回大会では伊藤選手の一つ下の森秋彩選手と優勝争いもしました。本当に強い女子選手がこのBJCからどんどん出てきていると思います」

その最後に優勝した第13回大会後の会見で「ここで優勝できなかったら自分はもうダメだとプレッシャーをかけて練習してきた」と話していたのが印象的でした。

「当時は一番追い込まれていた時期でもありました。2016年、2017年と続けてW杯であまり勝てていなくて、年間順位も4位や3位と振るわないシーズンでした。2020年の選考大会が近づいてくる中で、前年はBJCも含めてあまり優勝できず、精神的にキツかったのを覚えています」

大会前の冬場はかなり厳しい練習をしてきたのでしょうか?

「毎年冬場はかなり追い込んでトレーニングはするんですけど、一番余裕がなかったと思います。でも第13回大会の優勝をきっかけにW杯でも優勝争いができる状態に戻れました。八王子のW杯では優勝という結果を出すことができて、ようやく自分の目指すポジションに戻れたという印象の2019シーズンでしたね」

それでは今大会の話になりますが、誰がライバルになりそうですか?

「やっぱり野中選手や伊藤選手、森選手は高いモチベーションで臨んでくると思いますし、実力的には倉菜々子選手も負けていないと思います。BJCは本当に誰が勝つかわからないというか、そのとき一番調子の良い選手が優勝を持っていく大会になってきています。蓋を開けてみないとわからないくらいタレント揃いで、セッターのレベルも高いのでお客さんには本当に楽しんでもらえる大会になると思います」

では最後に、"最後のBJC"への意気込みをお願いします。

「最後のBJCなので楽しみたいなという思いもありますし、もちろん優勝したいという思いもあります。BJCで勝って気持ちよく現役最後のシーズンのスタートを切りたいと思います。そのためにしっかりと準備をして大会に臨みたいと思いますので、応援よろしくお願いします」

取材・文:篠幸彦
写真:JMSCA/アフロ

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