優勝に向けた"意思の強さ"を登りから感じでほしい/楢﨑智亜 世界選手権2019直前インタビュー

8月11日、東京・八王子でIFSCクライミング世界選手権が開幕する。世界選手権は2年に1度行われるスポーツクライミング界で最も権威ある大会で、日本では初開催となる。

史上初の日本人王者に輝いた2016年パリ大会、無念のメダルゼロに終わった2018年インスブルック大会。自身4度目となる世界選手権に臨む楢﨑智亜に本大会へ懸ける思いを語ってもらった。

今シーズンのボルダリングW杯では全6戦のうち参戦した4戦すべてで2位以上を獲得し、自身2度目となる年間優勝を達成。好調を維持する日本代表のエースはこれまでにない強い覚悟で勝負の時を待っている。

技術に走るか、感覚に走るか

今シーズン、ボルダリングW杯で2度目の年間優勝を達成しました。2016年以来の王者に返り咲いた率直な感想はいかがですか?

「最初に年間優勝をしてからは2年連続で年間2位だったので、ようやく2度目の優勝ができて素直に嬉しいです。今シーズンは年間優勝を狙っていたわけではなくて、世界選手権のためにW杯の出場数を減らしました。出場する大会は世界選手権に向けて自信をつけるための階段の一つとして捉えていました。成績がよかったのは出場数を減らしたことで調整がうまくいったこともあると思います」

今シーズンは予選ラウンドも含めて常に上位をキープし、これまでのキャリアの中でも非常に安定感があったと思います。その要因はどこにあると思いますか?

「メンタル面がうまくいっている手応えがあります。これまでは周りの選手の調子や課題の相性の良し悪しによって気持ちのブレがすごくありました。しかし今年はそういった周りの要因がどうであれ、自分が一番自然体でいられることを意識して臨んでいます」

――W杯中国ラウンド後、今シーズンは"考えるよりも感じたままに登る"ことが調子の良さに繋がっているという話もありました。改めてその言葉の意味を教えてください。

「何周もしているところがあるんですけど、クライミングは技術に走るか、感覚に走るかという面があると思います。僕はもともとまったく考えていなかったし、技術にも頼っていませんでした。そこを考えるようにして技術もしっかりと身に付けたことで成績が安定してきました」

これまでの感覚的なダイナミックな登りに技術が上積みされたということですね。

「ただ、そうやって成績が出たことで"そっち"に頼ってしまいがちになってしまいました。今シーズンはまた本来のクライミングを取り戻そうとしたことで、感じたままに登る自分らしさが出てきたんだと思います」

その考えて登る段階を経て、また自分らしさを取り戻したことで、クライマーとしてよりスケールアップしたと。

「そうですね。ちゃんと考えて動くことが体にも染み付いてきた。長くやってきたことで無意識にもできるようになってきたので、今までの過程は無駄じゃなかったと思っています」

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――5月にはコンバインド・ジャパンカップ(CJC)という世界選手権の出場権が懸かった重要な大会がありました。CJCに向けてはどんな準備をしてきましたか?

「今シーズンはボルダリングの調子がよかったので、そこの不安は特にありませんでした。どちらかというとスピードでうまくタイムが出せていなかったので、CJC前はスピードをメインにトレーニングしていました」

その成果もあり、CJC決勝では日本新記録をマークしました。

「かなり自信になりました。決勝に残ることで世界選手権への切符がもらえる大会だったので、予選のスピードでもいい流れがつくることができて、大きなミスもなく決勝に残れたことでホッとしました」

ヴィラール、シャモニーのスピードW杯でも6.5秒台と安定した好タイムが出ています。

「去年まではスタートで攻めていて、そこの反応タイムでは他の選手よりも速かった。ただ、コンバインドはレース数が多いのでリスクがあると思っていました。今シーズンはスタートで攻めずに、トータルで速くなることを目標にしてトレーニングしています」

去年の世界選手権コンバインドでは、まさかのフライングで順位を落としてしまいました。やはりその影響が大きかったのでしょうか?

「はい。あれはかなり悔やまれました。あれから意識をして、フライングはほとんどしなくなっています」

リードではW杯開幕戦ヴィラール大会の準決勝を1位で通過。最終的には6位という成績でしたが、リードの状態はどうでしょうか?

「準決勝を1位通過したことはすごく自信になりました。でもそこまで調子が良かったわけではなかったので、満足というよりは世界選手権に向けてまだまだ調子を上げなければいけないなと感じています。ただ、準決勝や決勝を見て上位勢が思った以上にミスをしていたので、チャンスはあるかなと」

昨年大会の悔しさ―― やるからには世界一を。

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いよいよ8月、日本初の世界選手権が開催されます。ご自身の中でのハイライトとして、2016年パリ大会でのボルダリング優勝があると思います。ここまでのキャリアの中で、改めてあの優勝の意味はどう感じていますか?

「あのときは本当に実力があって優勝できたとは思っていなくて、勢いで勝てたという大会でした。次の年からは、勝てるというプレッシャーの中で勝つ難しさを感じましたね」

昨年の2018年インスブルック大会は表彰台に絡むことなく終えました。

「コンバインドでもボルダリングでも確実にメダルは取れると思っていたので、ショックでした。ただ、まだまだ足りない部分があったから負けてしまったということ。あの負けが、今シーズンの調子に大きな影響を与えていると思っています」

なかでもスピードは自信がついてきたタイミングでの大会だったのではないでしょうか。

「スピードで新しいムーブを発見できて、コンバインドの中でも勝てる種目として自信がありました。その中でスタートのミスで順位を落としてしまったのは残念でした」

そこでの対戦相手、ヤコブ・シューベルト(オーストリア)がコンバインド優勝まで駆け上がりました。

「あそこでヤコブに勝てていればチャンスはあったと思うので、そういった意味でも悔しい大会でしたね」

今年の世界選手権ではどのような目標を設定して準備していますか?

「とにかくコンバインドでの優勝を目指しています。やっぱりやるからには世界一を取りたいし、その上で来年に繋がる結果が残せればいいなと思っています」

去年のボルダリング単種目では原田海選手が優勝しましたが、単種目のチャンピオンに返り咲きたいという思いもありますか?

「その気持ちもやっぱりありますね。とくに今シーズンはボルダリングの成績もいいので、そこへの自信はあります」

今大会は、昨年大会と比べるとコンバインドの予選があるためにラウンド数も一つ増え、よりハードなスケジュールとなりそうです。

「ピークが単種目で来てしまうと後半で調子を落とす可能性があります。大会までの時間の過ごし方でもかなり変わってくると思っています。ここまでハードなスケジュールは経験がないので、正直不安はありますね」

対策は何か考えていますか?

「フィジカルケアの方を呼んでいるので、ラウンドごとに体のメンテナンスをお願いする予定です。普段以上に回復が重要な大会になってきます。スピードとボルダリングで背中が疲れてしまうので、それが最後のリードにかなり響いてくる。そこでの回復が一番重要だと考えています」

理想的な展開としては、CJCでも話されていたスピード、ボルダリングで逃げ切りの形を作るというイメージですか?

「それがベストだと思います。やっぱりヤコブやアダム(・オンドラ/チェコ※)を見ていると、リードで1位を取ることはかなり難しいので、彼らの次の位置には付けるようにしていきたいです」

※世界選手権でリード、ボルダリングの2種目優勝を成し遂げた初のクライマー。岩場でも数々の功績を挙げている。

親や皆さんに、優勝する姿を見せたい。

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ヤコブ、アダムの名前が出ましたが、世界選手権でライバルとなってくるのは誰だと考えていますか?

「やはりアダムが自分のベストを出してきたらかなり強いと思います。ボルダリングでもリードでも1位を取る確率が高い。反対にリードでアダムが1位を取れなかったら、大きなチャンスがあると思っています」

アダムの強さはどこに感じますか?

「アダムは本番で発揮する力というか、ベストを出す力が凄い。ただ、ボルダリングは今シーズンを見ていても読めないところがあって。いまいち何が得意で、何が苦手なのかわからなかったんです。どちらかというと気持ちの波が大きいイメージがあって、そこが合ったときは強いですね。だから自分はスピードで良い流れを作って、ボルダリングでもその勢いでいければ、アダムはかなりやりづらいはず」

今大会では、上位7名かつ日本人最上位に入る選手に来年の代表権が与えられるとされています。日本人でライバルとなる選手は考えていますか?

「難しいですね。原田選手か藤井快選手だとは思っています。快くんは、当たったときはめちゃくちゃ強くて怖いし、海は一番負けん気が強くて、普段の練習も一番真面目にやってきている。調子もかなり上がってきていて、警戒しています」

世界選手権まであと3週間となりました。ここからどう過ごす予定でしょうか?

「本番までは実戦形式のトレーニングを増やしていく予定です。コンペを想定した課題の登り込みや、ミスなく安定したタイムを意識したスピードの練習。スピードは今年のW杯でアレクサンダー・シコフというロシアの強豪選手と予選を登ったんですが、その時の映像を見て気づきもありました。本番までに、もう少しタイムは上げられるかなと感じています」

3種目すべて万全な状態で臨めることを祈っています。では最後に、ファンの方にメッセージをお願いします。

「今大会に込めている気持ちの大きさは、W杯以上です。自分の優勝に向けた意志の強さを登りから感じてもらいたいですね。そして自分はまだ日本開催の大会では、CJCを除いて、国内の公式戦で優勝したことがありません。ですので、優勝する姿を親だったり、ファンの皆さんに見せたいと思います。応援よろしくお願いします」

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※このインタビューは2019年7月15日に収録されました。

インタビュー・文 篠幸彦
写真 永峰拓也
撮影協力 B-PUMP 荻窪店

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