クライミングに重要な「ココロ」の整え方(前編)

クライミングを始めていざコンペに出場してみると、普段登れていたレベルの課題も思うように登れないという経験をしたクライマーも多いはず。そんな時に大切なのが、メンタル面の準備だ。今回、クライミングにおける「ココロ」の重要性を語ってくれたのは、TEAM auの野口啓代選手、楢﨑智亜選手をメンタル面でサポートするスポーツメンタルコーチの東篤志氏。前編では、両選手も取り入れているメンタルコーチングについて話を聞きました。

そもそもメンタルコーチングとは?

東さんはメンタルコーチングという見地から野口啓代選手と楢﨑智亜選手をサポートされていますが、よく聞くメンタルトレーニングとはどういった違いがあるのか教えてください。

「メンタルコーチングというのは普段意識していない領域である"潜在意識"を意識できる"顕在意識"へと自分の中から引き出すイメージです。それに対して、メンタルトレーニングは他のものから要素を取り入れたり、他人が教えたり、自分の外側から入れるイメージになります」

具体的にはどんなことをするのでしょうか?

「コーチングではまず"自分会議"と言って、自分と自分の対話から選手の中にある"自分はどうなりたい、どう在りたい"といった価値観を引き出します。その価値観をもとにモチベーションを上げたり、練習のプランを決めたりしていきます。選手はそれぞれ個性や環境、境遇が違うので、コーチングのアプローチの答えは一つではありません。トレーニングはどちらかというと決まったメソッドを選手に落とし込んでいくので、ある程度答えが決まっているという点もコーチングとの違いになります。どちらが良い、悪いということではなく、選手が必要に応じてどちらを選択するかということになります」

コーチングとトレーニングのどちらを取り入れるかというのはどう判断するのでしょう?

「トップ選手の場合、自分の中に答えや大事にしたいもの、しっかりとした価値観があるので、コーチングによってそれを引き出してあげる方がいいと思います。競技レベルがまだ低い人、例えば小学生や競技を始めたばかりの子供たちはトレーニングをしていった方がいいでしょう」

クライミングはメンタルの競技!

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それでは、クライミングにおいてのメンタルとはどういうイメージになりますか?

「スポーツクライミングの中でも特にボルダリングは自分がイメージした通りの課題が出てくるわけではありません。つまり"想定外が前提のスポーツ"というのがメンタル面において特徴の一つになります。人は想定外の出来事に直面するとメンタルが揺さぶられてしまいます。クライミングはその想定外の場面が多く、メンタル的にはとてもタフなものが要求されるスポーツと言えます」

そのメンタルが揺さぶられるというのはどんなシーンでしょうか?

「例えば想定していなかった課題が出てきて、自分のイメージや体感覚のギャップが生まれ動揺してしまうと、頭が真っ白になってしまったり、呼吸が乱れたり、集中できなくなったりします。クライミングは手足の動きや重心の置き方など、とても繊細なことが要求されるスポーツです。メンタルのブレで少しでもその繊細な部分が欠けてしまうとうまく登れません。そこで想定外をある程度想定し、"想定内を作る"というのがメンタルの準備として大切になります。この"想定内を作る"というのは、出てくるかもしれない課題の傾向を想定しておくという面もありますが、"想定していなかった課題に直面した時の自分"を想定しておくという意味でもあります。課題だけではなく、あらゆる状況を想定しておくことで、メンタルが揺さぶられる原因を減らせます」

その他にクライミングで必要なメンタル的な準備はありますか?

「自分でコントロールできるものにフォーカスするというのも大切です。これはクライミングに限らず、勝負事ではなんでもそうですが、他の選手が気になったり、観客の声援や期待だったり、結果に対するプレッシャーというものがあります。ただ、それらは自分がコントロールできるものではありません。そうしたコントロールできないものにさらされる中で、どれだけコントロールできるものにフォーカスできるかがパフォーマンスに直結します。トップ選手になると極限の集中力を発揮しなければ登れない課題と向き合うことになるので、雑念があると登るのが難しくなってしまいます」

「自分でコントロールできるもの」というのは例えばどんなことでしょう?

「それはそのコンペに対して自分がイメージして、取り組んできたことです。そこにフォーカスしてやってきたこと、準備してきたことを出せるか、出せないかがパフォーマンスを発揮する上でとても大事になります。また、小さいことですが出番を待っている間は笑顔でいるとか、登る前に一点を見つめ集中力を高めるなどコントロールできることは沢山あります」

2019年はコンバインドジャパンカップや世界選手権など、結果が求められる大会が控えています。野口選手や楢﨑選手に対して、どのようなメンタルの準備をしていくのでしょうか?

「やはり『〜しなきゃ』ではなく『〜したい』という状態になることが大切です。『登らなきゃ』『勝たなきゃ』『代表権を取らなきゃ』という状態になるとメンタル的に追い込まれてしまいます。そこで単に代表権を獲りたいというだけでなく、人生レベルで考えた時に、世界選手権の価値というのは何なのか。その取り巻く周りの人への影響力っていうのは何なのか。そういった『なぜ』『何のために』という価値観を深掘りしていきます。そこを見失ってしまうと『〜しなきゃ』という状態になってしまい、逆にしっかりと整理できていると前向きな『〜したい』という状態になれます。その『なぜ』『何のために』という価値観を引き出し、整理することが大事な準備になります」

野口、楢﨑も実践する自分との対話

――野口選手、楢﨑選手それぞれのサポート状況を教えてください。
「野口選手は国内大会では勝って当然という状況でプレッシャーも大きく、登りが楽しめないという時もあります。そんな状況の中で何のためにクライミングをやっていて、この先何を実現したいのかということを大事にしています。その価値観をどう引き出して、どうエネルギーにしていくのか。クライミング人生という大枠としてもそうですが、大会ごとに価値を見出して、テーマを決めて臨んでいます。その中で自分に可能性を感じて、前進している感覚をいかに得て、どう進んでいるのか。そして今どういう立ち位置にいて、これからどうなっていくのか。彼女はそういった自分との対話、つまり"自分会議"の質を高くすることで、モチベーションを維持しながら大会に臨んでいます」

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楢﨑選手はどうでしょうか?

「彼は自然体で野生的なところが長所で、感覚が研ぎ澄まされています。ただ、感覚だけでは再現できない部分もあるのでそこを深掘りしているところです。彼の価値観をちゃんと見出して、フォーカスするべきところが明確になれば成長スピードがどんどん上がっていきます。今、何に対して取り組むべきかを整理して、自分が進むレールを自分で敷いて進めば自分のものになっていきます。その進んできた道の中で努力してきたことがしっかりと積み重なっている感覚と成長している実感が自信に繋がるので今後はそこをさらに綿密にしていきます」

そこを綿密にしていくためにどんなことをしていますか?

「ある程度仮説を立てて、それに対して実行、検証をし、そこから出たエッセンスを次に活かすという質の高い振り返りです。それがなく、ただなんとなくやると、なんとなくで終わってしまう。振り返っても具体性がなくて内容が薄くなってしまいます。楢﨑選手は仮説のところのクリエイティビティに富んだ選手で、新しいムーブの創造や工夫に非常に長けています。仮説、実行、検証の質を高めていけば、どんどん右肩上がりになっていきます。彼は去年までは負けたくないとか、がむしゃらなのがカッコ悪いとか、それはコンペだけでなく練習するジムでも上手くいかないところを見せたくないと、あまりチャレンジできていない時期がありました。しかし、チャレンジすることに価値がある、泥臭くても出し尽くすことがカッコいいとか、だんだん彼の中のメンタルの状況も変わってきているところです」

野口選手や楢﨑選手が取り入れているという自分との対話="自分会議"。後編では一般のクライマーでも実践しやすい、コンペ前に準備・想定しておくべきことやコンペ時の対応法を、実例も交えて東コーチに教えてもらいます。

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  • 東篤志(ひがし・あつし)
    フィールド・フロー認定スポーツメンタルコーチ
    ReNew表参道、ポルクス整骨院、アリエス整骨院、BRAND NEW STARSなど東京、神奈川に整骨院、トレーニングジムを6店舗展開。スポーツクライミングの他、 プロ野球やサッカーなどアスリートのメディカルトレーナー、メンタルコーチとしてメンタルとフィジカル両面から選手をサポート。チームビルディングセミナーやリーダー養成講座、講演なども行っている。
    https://www.instagram.com/higashi_atsushi/

取材・文:篠幸彦
写真:鈴木奈保子

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