国際ルートセッターが教えるオブザベーションの極意 【前編】

クライミングの上達に欠かせない、課題の下見をする行為「オブザベーション」。課題のことはルートセッターに聞こう!ということで話を伺ったのは、IFSC公認資格を有し、国際大会でも活躍中の平松幸祐氏だ。今回の【前編】では、そもそもルートセッターとはどういう仕事で、どのようにコンペやジムの課題を作っているのか? その知られざる内情を明かしてもらいました。

ルートセッターの仕事、課題作りの流れ

ルートセッターの仕事は主に、IFSC(国際スポーツクライミング連盟)やJMSCA(日本山岳・スポーツクライミング協会)などが主催する公式大会や、クライミングジムなどが主催する草コンペでの課題作り、さらにジムのホールド替えがメインとなります。それ以外では、イベントやテレビ番組などで仮設の壁にセットすることもありますね。私はジムのオーナーでもあるのでセッター業の割合はそれほど大きくありませんが、専業のセッターの場合は月に20日くらい稼動されている方もいると思います。

大会の課題をどのような流れで作るかというのは、セッターによってそれぞれあると思います。私の場合は、その一手が取れるか、取れないかで勝負を分ける「核心」部分から作ることが多いです。それによって課題の難易度を決めようというのではなく、一番キモとなる部分の動きから全体をイメージしていくためです。

初めにまっさらな壁を近くで見たり遠めで見たりして、面白いアイディアが浮かぶかを探っていきます。その中で印象的な動きができると、そこから前後を整えていく。この時、決まり切った作り方をせず、自分の頭の中からアイディアを引き出すようにしていますね。それが、選手が課題と対面した瞬間に「これはどう登ればいいんだろう」という"?"から始まることに繋がるので大切にしています。

3、4年前まで日本の課題作りで言われていたのは、ゴール1手前までずっと難しく完登を逃すことが多いということでした。逆にワールドカップでは核心部分を登れれば、そのままゴールが取れていました。今では良い意味での緩さと、締めるところは締めるというメリハリをつけて、完登を大事にしようというふうに日本の課題作りも変わってきています。

大会でチーフセッターを務める場合、課題のバランスも考える必要があります。その時に最も重要なのが「1位をどうやって決めるか」ということです。例えば、決勝4課題を全員が登れて数回のトライ差によって勝負が決まると、誰が勝ったのかがわかりづらくなってしまいます。そうではなく最終課題を登れたことでその人が勝てたとなれば、勝ち負けが明確で面白い試合になるでしょう。特に決勝はそういう「勝つべき人を決める」というドラマチックなシーンを大事にしています。

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ルートセッターとしての課題と挑戦

多くのセッターが抱えている問題として、自分とトップ選手たちとのクライミング能力の差が開いているために「課題を自分で体現できない」ことが挙げられます。数年前はまだそれほどではなかったのですが、最近は若い選手のレベルも格段に上がり、新しい動きをどんどん取り入れ、海外で活躍することでその差は大きく拡がってしまいました。セッター自身が体現できる課題を出したところで、それでは勝負がつかないというのが現状です。以前は誰も登れない課題というのも多かったのですが、今では私たちが無茶苦茶に感じるほどのセットをしない限り、そういう課題は存在しなくなりましたね。ただ、無責任にそういう課題で勝負を決めることはできません。「誰か一人くらい登れる課題」を作るというのは、難しくも大事なポイントです。

そこでやはりアイディアが大切です。例えば、不確定な要素を入れることもその一つ。選手にとっては「どちらのムーブでもいけそう」という選択を迫られることで、取り逃がす場面というのがあります。私の場合、何年か前は自分がイメージした"正解ムーブ"以外は切っていました。絶対に正解ムーブで取りにいかせるようにしなきゃと、そんな意識がありました。そこがちょっと柔軟になったことで、意外な落とし穴が生まれる可能性が出てきましたね。選手のレベルが上がって選択肢が増えたからという理由もあります。セッターが意図しないムーブが出てきたりと、不確定要素を入れることでセッターと選手との差を覆すことも可能になるわけです。

よく選手とセッターとの勝負という側面も語られますが、セッターも結局はいちファンです。選手たちの最高のパフォーマンスが見たいし、その強さを知りたい。セッターという立場の人間が上に立ってしまうと、「登れないようにしよう」と選手のパフォーマンスを押し殺すような力が働いてしまうと思います。そうではなく、強い選手のパフォーマンスを引き立たせるような課題作りにこれからもチャレンジしたいと考えています。

「勝つべき人を決める」勝負の課題とは?

大会の流れの中では、次のラウンドに進む選手を絞り込まなければいけない場面というのがあります。そういう時は選手側にリスクの高いキーとなる課題を作ることになりますが、それはセッター側も「もしかしたら誰も登れないかもしれない」というリスクを負うことになります。それを登れたかどうかで決勝進出者が決まるような、明確に順位を分ける大事な課題をいくつ作るのか、また何課題目に置くのかは、大会のレベルによって考える必要があります。

例えば先日、私が初めて国外でチーフセッターを務めたアジアユース選手権のボルダリング種目は、予選と決勝のみという大会でした。参加国の中では日本が強く、そこに韓国と中国の選手が数人入ってくることが想定できます。ただ、彼ら上のレベルの選手たちだけを見て作ってしまうと他国の選手を無下にしてしまうので、予選でキーとなる課題は1つだけにしました。対して、実力が拮抗するBJC(ボルダリングジャパンカップ)の男子準決勝などは、世界で一番難しいラウンドになるでしょうね。ふるいにかける課題が第1から第4課題まで続いたり、かなり切迫した内容になってきます。

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そのアジアユース選手権の男子ジュニアのボルダリング決勝は、チーフセッターとして最も印象深いと言える課題作りになりました。全体の構成を考えながら、締めの最終課題は自分で作ったのですが、それはかなりチャレンジングな課題で、自分たちができないムーブからさらに難しくしました。キーとなったのはゾーン部分です。当初、ゾーン1手前のホールド内にはサムキャッチと言われる小さなホールドが付いていて、それを親指で引っかけながら同時に隣にあるゾーンのホールドを止めるはずでした。でも直前にサムキャッチを外して勝負に出ました。 本当に登れるか、登れないかわからない課題になりましたが、それでもできそうなイメージはありました。

その最終課題を最後に登ったのは、中国のパン・ユーフェイ選手でした。登れれば逆転優勝、登れなければ日本の今泉結太選手が優勝という緊迫した場面です。結果はパン選手がそのゾーンを止め完登したことによって、逆転優勝を果たしました。 それは誰が見てもパン選手が一番強かったと思える完登で、まさに「勝つべき人を決める」ことができたシーンでした。課題としてだけでなく、チーフセッターとしても成功という印象を持ってもらえる課題になったと思います。自分の中でこれまでやってきた集大成と言える大会となりました。

パン選手が完登した瞬間は感動はもちろん、新たな可能性が見えた瞬間でもありました。自分が登ることで新しい世界が見えることはないのですが、誰かが登ってくれることで新しい世界を見せてもらえています。自分やメンバーでは体現できない中でそういった課題を作れたら、最高のプロセスと言えますね。体現できない課題を出すのはギャンブルのようで懸念がある一方、セッターの面白さでもあると思っています。

ルートセッターとして課題作りの知られざる世界を聞いた今回に続いて、【後編】では実践的なオブザベーションの極意を平松氏に語っていただきます。お楽しみに!

  • 平松幸祐
  • 平松幸祐(ひらまつ・こうすけ)
    国内外で活躍中の日本を代表するルートセッターの一人。大学1年の時に始めたクライミングにのめり込み、通っていたクライミングジムに勤務。その後、当時は若手が少なかったルートセッターの道を志し、2009年に国際資格を取得した。2015年には山形に自身のジム「FLAT BOULDERING」をオープン。海外を参考にした空間づくりや課題の面白さが話題を呼んで一躍、全国的な人気ジムとなった。
    FLAT BOULDERING http://flatbouldering.com/

取材・文:篠幸彦
写真:渡辺然
撮影協力:FLAT BOULDERING

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